市場散歩   注目銘柄   One Milestone   証券会社

2018年11月01日

「条件に基づく有事作戦統制権の移管」という原則を維持?


 
 米韓軍当局はワシントンの国防総省で31日に米韓定例安保協議(SCM)を開き、米軍主導の米韓連合軍から韓国軍への
   有事作戦統制権
の移管後も在韓米軍と連合軍司令部を維持することで合意した。
 
 韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防部長官とマティス米国防長官はSCMの終了後、こうした内容の「連合防衛指針」に署名した。
 
 8項からなる連合防衛指針は、有事作戦統制権の移管後の連合防衛態勢に関する戦略文書。
 在韓米軍と関連しては
   米韓相互防衛条約
の象徴であることを踏まえ、移管後も朝鮮半島に駐留を続けることが記された。
 また、有事作戦統制権の移管後も現在の米韓連合軍司令部形態の指揮構造を維持するものの、連合軍司令部の司令官は韓国軍大将、副司令官は米軍大将が務めるとの内容が盛り込まれた。
 
 現在の米韓連合軍司令部では米軍大将(在韓米軍司令官)が司令官、韓国軍大将が副司令官を務めているが、これが逆になる。。
 米韓は連合防衛指針を含め、有事作戦統制権の移管に関する四つの主要文書に合意した。
 移管に向けた準備にも弾みが付くと予想される。

 米韓は2014年に合意した「条件に基づく有事作戦統制権の移管」という原則を維持しながら、移管に備え、韓国軍主導の連合作戦遂行能力を検証する作業を急ぐことでも一致した。
 
 韓国軍主導の将来の連合指揮体系を検証する手順のうち、検証の前段階の評価を省略して初期運用能力(IOC)検証を来年から行うことで合意した。
 
 これに続く2段階目、3段階目の検証がスムーズに進めば、22年5月までの
   文在寅(ムン・ジェイン)大統領
の任期内に有事作戦統制権の移管が可能との見方も出ている。

 米韓はあわせて、朝鮮半島の非核化と平和定着に向けた外交努力を下支えするため、今年12月に予定していた定例の
   合同空軍演習「ビジラント・エース」
の実施を見送ることで最終合意した。
 
 北朝鮮が強い拒否感を示す同演習を強行し、南北・米朝の非核化対話に支障が出る事態を避ける目論見。
 一方で、連合防衛態勢を維持するため、米韓は北朝鮮を刺激しない従来と異なる形の合同空軍演習の実施を模索することにした。

 米韓の両長官はこうした内容を柱とするSCM共同声明も発表した。
 
 この声明には、韓国と北朝鮮が9月の南北首脳会談に合わせて署名した
   軍事合意書
に対する米国の支持表明なども盛り込まれている。
    
       
       
       ↓ 参考になったらクリックお願いします。
   
    人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
   
   
  

    
   

    
posted by まねきねこ at 05:21 | 愛知 ☀ | Comment(0) | onemile stone | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

趙匡胤(ちょう きょういん) 


趙匡胤(ちょう きょういん)
   天成2年2月16日 (927年3月21日)
     −開宝9年10月20日 (976年11月14日)

 北宋の初代皇帝(在位:960年2月4日 - 976年11月14日)
 廟号 太祖
 
 河北省固安県の人
 父親は突厥沙陀部族出身の李存勗が建国した後唐の禁軍将校であった趙弘殷。
 母は杜氏で次男として洛陽に生まれた。

 テュルク系突厥沙陀族の
   劉知遠
が建国した後漢の初め頃には不遇の身であり各地を転々としていた。
 襄陽のある寺の老僧に勧められ、後に後周の太祖となる後漢の枢密使郭威の軍に参加した。


 五代後周の第2代皇帝の世宗が即位すると近衛軍の将校となる。
 北漢の軍を迎え撃った
   高平の戦い
では、左翼の軍勢が敗走して後周軍が危機に陥る中、趙匡胤は同僚を叱咤激励し、北漢軍の前衛を打ち破り後周に勝利をもたらした。

 世宗の南唐征伐もに従軍し、南唐の節度使であった皇甫暉・姚鳳らを自ら虜にする功を立てた。
 その後、揚州を攻めていた同僚
   韓令坤
が南唐の援軍を前に撤退を求めてたため、世宗より援軍として派遣され
   「もしも逃げる者があれば、その足を斬る」
と督戦し、韓令坤ら将兵の必死の防戦の末、南唐軍万余りの首級を挙げ大勝利した。

 その後も趙匡胤は次々と南唐の城砦を攻略した。

 南唐の第2代皇帝李mは趙匡胤と世宗の間に楔を打ち込もうと、趙匡胤に手紙と白金3千両を贈った。
 こうした謀略に対しm趙匡胤はすべて世宗に献上して、君臣の間に亀裂を生じさせなかった。

 世宗が崩御、わずか7歳の恭帝が即位すると、これに付け込んだ北漢の軍勢が侵攻してきた。
 その迎撃の軍を率いる最中、陳橋駅で幼主に不安をもった軍士の進言で、皇帝の象徴である黄衣を着せられ皇帝に冊立された(陳橋の変)。


 趙匡胤は将兵に自分の命令に従うをことを確認させ、恭帝と皇太后の符氏、及び諸大夫に至るまで決して危害を加えないこと、そして官庫から士庶の家に至るまで決して侵掠しないことを固く約束させた。
  
 帝位に即くことに同意して開封に戻った趙匡胤は恭帝から禅譲を受けて正式に皇帝となり、国号を宋と改めた。
 その後、各地に割拠する諸国を次々に征服していった。

 残るは呉越と北漢のみとなり天下統一が目前に迫った976年に50歳で急死した。
       
       
       ↓ 参考になったらクリックお願いします。
   
    人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
   
   
  

    
   

    
posted by まねきねこ at 03:00 | 愛知 ☁ | Comment(0) | 市場散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中間選挙狙いの暴走発言


 米大統領の
   ドナルド・トランプ氏
は、米国内で生まれた人に対して自動的に米国籍付与を保証する「出生地主義」を廃止する意向を表明した。 
 中間選挙を1週間後に控え、反移民の立場を強調する電撃発表を行った形だが批判も強く出てきそうだ。


 これに先立ち、中米から米国を目指し移動を続けている
   移民集団(キャラバン)
について、「これはわが国に対する侵略だ」と警告した。

 なお、米当局は、対メキシコ国境に5000人以上の軍隊を派遣する極めて異例の措置に出た。
 出生地主義は合衆国憲法修正第14条で定められている。

 大統領が憲法改変権限を有しているか否かは疑問視されているため、廃止方針は国境への軍隊派遣以上の物議を醸す可能性が高い。
 改憲は連邦議会の3分の2の承認を得る必要があるが、共和・民主の2党でほぼ半分に割れた現議会でそれを達成することはほぼ不可能。

 トランプ氏は、30日に抜粋が公開された
   ニュースサイト「アクシオス(Axios)」
とのインタビューで、現行規則の変更は大統領令のみで実現できると主張した。

 さらに、出生地主義を採用しているのは米国だけだという
   事実とは異なる主張
を展開し、現行制度を批判した。
 米国と同じく出生地主義を採用する国は、隣国カナダを含め20か国以上に上る。


 トランプ氏は、自身の計画について法律顧問と協議した上で、制度変更に向けた取り組みを既に開始したと説明した。
 なお、「進行中だ。実現する。大統領令をもってして」と語った。

 ただ、インタビューの抜粋では廃止の時期は示されておらず、出生地主義をめぐる議論は長期にわたり続く見通し。
 トランプ氏は目前に迫った
   中間選挙
で移民抑制を目玉政策として掲げており、廃止方針の公表が即時かつ甚大な政治的影響力を及ぼすことは必至。
     
       
       
       ↓ 参考になったらクリックお願いします。
   
    人気ブログランキングへ blogram投票ボタン
   
   
  

    
   

    
posted by まねきねこ at 01:00 | 愛知 ☀ | Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする