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2024年07月25日

ハリス氏が「トランプ主義の脅威」を訴え、「極端なアジェンダ」に対し集中攻撃が起きるおそれ

 米民主党の大統領候補指名を確実にしたハリス米副大統領は23日、勝利を目指す初の選挙演説に臨み、共和党のトランプ前米大統領の打倒を誓った。

 ハリス氏はもう一つの敵として、ヘリテージ財団が主導し、100を上回る保守系団体が参加する「プロジェクト2025」に対し、トランプ氏のホワイトハウス復帰に備える
   極端なアジェンダ(政策課題)の脅威
があると訴え、攻撃の矛先を向けた。

 ハリス氏の演説は、保守系シンクタンク、ヘリテージ財団が中心になってまとめた900ページの保守派マニフェストにいや応なくスポットライトを当てる。トランプ氏の返り咲きで想定される脅威のショーケースを提示する意味合いもある。

 トランプ氏はプロジェクト2025と陣営が無関係であり、その構想を全て支持しているわけではないと批判勢力からの追求の矛先を交わしているが、それでも100人余りの中心人物がかつてトランプ政権で働き、提案の多くはトランプ氏および共和党の政策綱領に忠実であり、支離滅裂な回避発言は逆に信憑性を強めている。

 気候変動規制の撤廃や勤労者保護の縮小、トランプ氏への忠誠心を選考基準とする公務員の入れ替え、教育省と商務省、国土安全保障省の解体を提案する事実上の政権移行プランは、公表後1年余り批判を浴びており、米国の内部分裂を強める動きともなっており、米国人の多くには脅威であり、ロシアや中国などにとっては好都合な動きだ。

 最近の世論調査によれば、民主党がトランプ氏に対抗するキャンペーンの目玉として、その存在を際立たせた結果、6月後半以降プロジェクト2025への認知度が高まり、否定的な見方が劇的に広がってきており、トランプも距離を置く姿勢を示す必要があったが、単なる見せかけでしかないだろう。

 ヘリテージ財団主導で作成され、物議を醸すプレーブックには、メタ・プラットフォームズやドミニオン・エナジー、ベライゾン・コミュニケーションズなどの企業ロビイストも関与してきた。

 ニューハンプシャー州の共和党委員長を務めた政治ストラテジストの
   ジェニファー・ホーン氏
は「トランプ主義の制度化を目指し、共和党保守派の最も極端な連中が広く協力している。極端な信念のために行っている部分もあるが、多くが金銭的利益を得ようとしている」と説明した。
 なお、同氏はトランプ氏を支持していない。

 プロジェクト2025の寄稿者の多くは、トランプ氏や自分たちが代弁する企業とのつながりを持つ人物の意見を集めたものであり、利害関係の対立も多く含まれている。
 なお、ホワイトハウス改革のセクションは、トランプ前大統領の次席補佐官を務めた
   リック・ディアボーン氏
が執筆している。
 シェルやベライゾン、アマゾン・ドット・コムといった企業のために同氏は働いている。

 ダスティン・カーマック氏もトランプ政権の元当局者で、メタの公共政策ディレクターを現在務める。ヘリテージの研究員として情報コミュニティーの章を書いた後、メタに入社した。
 退役軍人省の章を執筆したブルックス・タッカー氏は、スペクトラム・グループのロビイストだ。

 バイデン大統領が週末に選挙戦からの撤退を明らかにして以降、民主党はプロジェクト2025への対応に一層力を注いでいる。
 16年の民主党大統領候補、ヒラリー・クリントン氏は、ハリス副大統領への支持表明の中で、ハリス氏が「重罪で有罪評決を受けたドナルド・トランプ候補と、われわれの自由を奪うプロジェクト2025のアジェンダに反対する主張を展開するだろう 」と述べていた。

 ロビイストとプロジェクト2025との関係の調査に携わるNPO、Accountable.USのエグゼクティブディレクター、トニー・カーク氏は「プロジェクト2025は、右派の業界プレーヤーに力を与え、大企業や特定利益集団がわれわれの生活を一層コントロールできるようにした。主要機関への政策提言の背後で誰が糸を引いているか国民は知る権利がある」と指摘した。

 プロジェクト2025の中心テーマは
   規制緩和
であり、環境および勤労者の保護、ダイバーシティー(多様性)促進、連邦政府による性差別防止といった政府の取り組みを骨抜きにする。提案の多くは企業利益に合致し、政府は関与せず、主に企業に利益をもたらす規則を導入する姿を描く。

 プロジェクト2025の共同編集者、スティーブン・グローブス氏は執筆者について、「さまざまな政府機関に関する深い知識と、行政機関での過去の職務経験に基づいて選定した」としており、名前を挙げた以外の多くの人々も寄稿したと説明した。

 ヘリテージ財団のケビン・ロバーツ会長はわれわれは民間ビジネスを愛し、自由市場を愛している。
 しかし、一般国民に不利な形で、「大きな政府と大企業が結託することは好まない」と語った。

   
ひとこと
 トランプの目論見は玉石混交であり、実行したい項目を見せないよう工作があり、衆人に指示されやすい内容だが、相互の利害対立が生じるものばかりだ。
 甘い夢を与え、政権を奪取できれば、全てを覆し独裁政治に突き進みかねない脅威を持っており、混乱を作り出して力でねじ伏せつ中で独裁的な動きを呼び込みかねない。

    
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米国のクレジットカード延滞率、統計開始以来の最高水準に上昇

 米国フィラデルフィア地区連銀が24日発表したデータによると、米国のクレジットカード残高のうち返済期限を過ぎた分が占める割合が、データでさかのぼれる2012年以降で最高となった。
 1−3月(第1四半期)はクレジットカード残高の約2.6%が支払期日を60日過ぎていた。
 この比率は、新型コロナ禍で各種支援プログラムがあった2021年には1.1%にまで下がっていた。
 また、30日延滞と90日延滞の比率も1−3月には上昇し、どちらも2012年以来の高水準となった。

 米金融当局がインフレ抑制のための高金利を長期化させる中、エコノミストは
   家計にストレスの兆候
がないかを注視しており、新型コロナ禍の時期に積み上がった
   家計の貯蓄
は消費者が物価高を乗り切る助けとなってきた。
 ただ、米国経済に亀裂が生じつつある兆候を示す数字が増えており、そのクッションがすり減っていることで消費の活力が失われ、経済全体に影響が及びつつある。

  
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ウィリアム・K・L・ディクソン(William Kennedy Laurie Dickson) ムービーカメラの発明者

ウィリアム・K・L・ディクソン
     (William Kennedy Laurie Dickson)
   1860年8月3日 −1935年9月28日 
 フランス系スコットランド人の発明家
 トーマス・エジソンに雇われ
   ムービーカメラ
の発明をした。
 また、世界初の映画監督および撮影監督のひとりであり、世界初の音声つき映画 『ディクソン・エクスペリメンタル・サウンド・フィルム』(22分の短篇、1894年製作)の監督としても知られる。
 フランス・ブルターニュのイル=エ=ヴィレーヌ県ル・ミニーク=シュル=ランスで、フランス人の母とスコットランド人の父の間に生まれた。
 なお、父親はディクソンの幼少時に亡くなった。
 ディクソンが発明した「キネトスコープ」は一連のいくつかの画像が、回転するホイールの背後で、照らされたレンズの前を通過するというシンプルなものであった。
 ただ、エジソンはこの新工夫にほとんど価値を見出さなかった。
 エジソンが発明した蓄音機を広めるには役立つかもしれないと考えた。
 1894年1月7日、ディクソンは、モーション・ピクチャー(映画)の特許を受け取った。
 まもなく、 エジソン、およびニュージャージー州ウェストオレンジ(エジソン・ブラック・マライア撮影所の所在地)での映画分野の同僚
  ジョナサン・キャンベルと
の膨大なディベートののち、ディクソンは従来使用していた19ミリ幅のシングルスプロケット式フィルム(片側にしか穴がないフィルム)から、さらに安定すべく、両サイドにスプロケットがある35ミリのフィルムに切り替えた。
  エジソンは機材のデザイン変更に必要も利益も見出すことはなく、フィルム幅を大きくすることを否定的に受け入れた。
 なお、ディクソンとキャンベルは、テクノロジーが前進するのならばこの改変は重要であると判断した。
 現在のスタンダードは、その時、以来変わらず35ミリの両サイドスプロケット式フィルムとなっている。
 1894年後半から1895年初頭にかけて、オトウェイとグレイのレイサム兄弟、およびその父ウッドヴィル・レイサムの特別顧問に就任した。
 彼らはキネトスコープ展示におけるリーディング・カンパニーを経営していた。
 映写機のシステムの開発を追求してディクソンの助言で、エジソン製作所の元従業員
   ウジェーヌ・ロースト
を雇った。
 1895年4月、ディクソンは気難しい エジソンのもとを離れ、レイサムの仲間に加わった。
 ローストのそばで、のちに「レイサム・ループ」として知られることになる発明を支援した。
 この発明は、以前可能であったよりも、もっと長尺のフィルムの撮影と上映を可能にするものであった。

 元エジソン製作所のチームは、アイドロスコープ映写システムの実現をもたらした。
 同システムは、1895年5月20日、世界史上初の映画の商業上映に使用された。
 ディクソンは、レイサム一族とともに
   アメリカン・ミュートスコープ・アンド・バイオグラフ社
を設立したグループの一員であった。
 その後、1897年に英国に戻り、そこに永住した。
 帰英後も、ローマ教皇を撮影する等、同社での仕事をした。
 1935年9月28日、イギリス・ミドルセックス州トゥイッケナムで死去した。75歳没。
 現存する最古のサウンド・フィルムとして、『ディクソン・エクスペリメンタル・サウンド・フィルム』(エジソン製作所、1894年)がアメリカ国立フィルム登録簿に2003年に登録された。
 また、Internet Movie Databaseの作品コードの0000001は、ディクソン監督の短篇無声映画 『カルメンチータ』(エジソン製作所、1894年)である。

    
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焦点は下振れリスクにシフト カナダ中銀が2会合連続で25bp利下げ

 カナダ銀行(中央銀行)は24日、2会合連続で政策金利を25ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)引き下げ4.5%とした。
 また、インフレ懸念の後退に伴い、追加利下げの可能性も示唆した。
 
 マックレム総裁は記者会見向けの原稿で「目標が視界に入っていることに加え、経済における過剰供給が増えており、金融政策審議において下振れリスクの比重が高まっている」と指摘した。

 また、追加利下げを見込むことは「妥当」との考えを改めて表明した。
 今後の政策決定は「会合ごとに」判断していくとし、あらかじめ定められた利下げ軌道にあるとの見方は退けた。
 なお、カナダの経済状況から、事前の調査でも利下げは広く予想されており、想定の範囲内であった。
 中銀当局者は潜在成長率を下回る経済動向により今後もインフレ鈍化が続くとみており、むしろ
   景気の逆風
に関する議論が増えていると述べた。

    
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バーナード・ジェラルド・カンター(Bernard Gerald Cantor) 証券会社カンター・フィッツジェラルドの創設者

バーナード・ジェラルド・カンター
         (Bernard Gerald Cantor)
   1916年12月17日 - 1996年7月3日
 証券会社カンター・フィッツジェラルドの創設者兼会長
 カンターはブロンクスで生まれ、両親のローズ(旧姓デルソン)とジュリアス・カンターは、ベラルーシからのユダヤ系移民であった。
 カンターは、デウィット・クリントン高校に通った。
 彼と最初の妻レオナ(故人)の間にはジェイという息子が一人いたが、ジェイは父親の跡を継いで金融界に入ることを選ばなかった。

 カンターは1935年から1937年までニューヨーク大学で法律と金融を学び、その後すぐにウォール街の証券アナリストになった。
 第二次世界大戦中は南太平洋で陸軍に従軍した。
 その後、BGカンター・アンド・カンパニーを設立した。
 この会社は後にニューヨーク市を拠点とするパートナーシップで、米国最大の政府証券機関ブローカーの1つ
となる。
 カンターは健康状態の悪化のため1995年12月に退任した。
 彼はまた、一時期、全米バスケットボール協会のカンザスシティ・キングスの共同オーナーでもあった。
 
 1977年にアイリス・バゼルと結婚した後、この夫婦は
を設立し、ニューヨークで最も重要な美術後援者の一人となった。
 カンターは生涯を通じて妻とともに、オーギュスト・ロダンの作品の世界最大の個人コレクションを集めた。
 1981年から1984年の間、カンター・ロダン・コレクションの一部は、ワールドトレードセンターの105階にあるカンターのオフィスの隣にある個人美術館で展示された。
 このコレクションの多くは、ロサンゼルス郡立美術館やスタンフォード大学のアイリス&B・ジェラルド・カンター視覚芸術センターなど、世界中の70を超える美術館に寄贈された。
 1984年から1987年にかけて、カンター夫妻は58点のロダンの作品と、それらをブルックリン美術館のアイリス&B・ジェラルド・カンター・ギャラリーに展示するための資金を寄贈した。

 カンター夫妻は、メトロポリタン美術館の多くの美術展やギャラリーの寄付金を出し、その中には人気の高いアイリスとB・ジェラルド・カンター屋上庭園、スタンフォード大学の彫刻庭園と彼の名前を冠した美術館も含まれている。
 財団によると、カンターの個人コレクションにあるロダン彫刻の総数は約300点であり、長年にわたりカンター夫妻や財団によって寄贈されたロダン彫刻の総数は450点以上であると明かした。

 アイリス・アンド・B・ジェラルド・カンター財団は、展覧会の資金援助を続けている。
 1997年、モリスタウンのモリス美術館は「ロダンに焦点を当てる:アイリス・アンド・B・ジェラルド・カンター・コレクションからのセレクション」を展示した。
 「ロックフェラー・センターのアイリス・アンド・B・ジェラルド・カンター財団の彫刻」は、1998年にニューヨークのロックフェラー・センターで開催された。
 その後、財団は「ロダン:壮大な執着」展を企画し、国際的に巡回した。

 バトンルージュのルイジアナ州立大学、アルバニーのアルバニー歴史芸術研究所、バッファローのオルブライト・ノックス美術館バンクーバー美術館などを巡回した。

 カンターは1985年から1990年までメトロポリタン美術館の評議員を務めた。
 後年は同美術館のヨーロッパ彫刻・装飾美術部門の名誉評議員および訪問委員会委員を務めた。
 また、1972年から1985年までロサンゼルス郡立美術館の終身評議員を務め、その後名誉評議員となった。

 カンターは20世紀の
   シュルレアリスト
   レイモンド・A・ホワイト
のパトロンであり、 9月11日のテロ攻撃の際にはカンター・フィッツジェラルドのオフィスに彼の作品5点が展示されていた。
 
 カンター氏はマサチューセッツ州ウースターのホーリークロス大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院コーネル大学に寄付を行っている。
 1993年にホワイトハウスが改装された大統領執務室を公開した際、クリントン大統領がカンター家のコレクションから借りる手配をしたロダンの「考える人」のブロンズ像が展示された。
 カンター家はまた、1994年にホワイトハウスの彫刻庭園の建設に資金を提供した。
 1995年、クリントン大統領と妻はアメリカ国家芸術賞を授与された。

     
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システム障害でデルタ航空の財務に多大な影響が出る見通し

 メリアス・リサーチ
   コナー・カニンガム氏
はリポートで、米国航空会社デルタ航空は、数千便の欠航につながったシステム障害により、営業費用と、顧客への補償費用発生の可能性を背景に、7−9月(第3四半期)の財務に多大な影響が出る見通しであることについて、営業利益への3億5000万ドルの影響に加え、連邦運輸当局から罰金を科される可能性があると指摘した。
 同省は現在、デルタの乗客への対応を巡り調査を実施している。

    
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ブラックストーンの商業用不動産REIT、ディストレス増大で減配

 米国の最大級の投資ファンドである
   ブラックストーン
傘下で34億ドル(約5250億円)規模の不動産投資信託(REIT)を提供するブラックストーン・モーゲージ・トラスト(BXMT)の
   ケイティ・キーナン最高経営責任者(CEO)
は、デフォルト(債務不履行)が増加し、借り手がローンの支払いや借り換えに苦戦するなか、発表文で「戦略的な資本配分の決定を通じて、現在のリターンと簿価の最適化および長期的な収益可能性のバランスを取ることが、株主還元につながると考えている。強力な流動性、返済の加速、新たな投資パイプラインにより、BXMTは、この環境下で資本投下を増やし、サイクルを通じて前進軌道を継続するのに適した位置にある」と説明し、配当を24%減額することを明らかにした。

 24日の発表によると、BXMTの取締役会は減配と同時に、株式価値を高めるため1億5000万ドルを上限とする
   自社株買い戻し
を承認した。

 BXMTは配当を47セントと、2015年以来維持してきた水準の62セントから引き下げる。
 これにより年間約1億ドルのコスト削減が見込まれ、その分を新規ローンやその他の投資に振り向けることができる。

 BXMT株は年初から23日までで7.7%下落していた。

 BXMTが抱える問題ローンの大半は、ローン残高の約4分の1を占める
   米国のオフィスビル向けローン
だった。
 グリーン・ストリートの商業用不動産価格指数によると、米国のオフィスビルの価値は2022年初頭のピークから37%下落している。
 これに対し商業用不動産全体は20%の下落した。
 BXMTは24日、過去2年間でオフィスへの正味エクスポージャーを14億ドル削減したと明らかにした。

 商業用不動産モーゲージREITは、金利の上昇と不動産価値の下落が、特に
   オフィスビルなどの所有者や貸し手
に新たな債務不履行の波を引き起こしたため、大きなストレスを受けている。
 今年に入り、KKRリアル・エステート・ファイナンス・トラストは42%、アレス・コマーシャル・リアル・エステートは24%の減配を実施した。

 
ひとこと
 米国の不動産業界の底割れが続いており、改修費の必要もあり、投資の旨味は消し去り、大きな試練に立たされた状況で底が見えなくなっている。
 こうした状況にあるにも関わらず、投資する日本の機関投資家の質の悪さが際立っており、適正価格で購入しているなどという主張は通らず、溝に株主や預金者の資産を投げ込む愚かな行為をしており注目すらしないマスコミの報道の少なさは異様だ。

 
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仏高級品ケリングが主力ブランドグッチ立て直し難航し、下期利益は大幅減を見込む

 仏高級品メーカー大手ケリングは24日、今年下期の利益が急減するとの見方を示した。
 新型コロナ感染症後、高級品に対する需要が冷え込んでいるほか、主力ブランド「グッチ」の業績立て直しが難航していることが要因という。

 収益の重要指標である営業利益が下期に前年同期比ー30%減少する可能性があると明らかにした。グッチの4−6月(第2四半期)既存店売上高は19%減少し、市場予想以上の落ち込みとなった。

 傘下の主要ブランドで4−6月にプラスを確保したのは
   ボッテガ・ヴェネタ
のみだった。
 ケリング全体では、上期の営業利益が42%減の15億8000万ユーロ(約2600億円)となった。

 高級ブランド業界は需要減退に見舞われ、足元ではこれまで相対的に底堅さを維持してきた仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンにも景気後退の足音が響き渡った。
 
    
posted by まねきねこ at 05:15 | 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | onemile stone | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする