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2014年01月21日

真実の満洲史【1894-1956】

 
 日清戦争が始まった1894年(明治27年)から、ソ連からの引き揚げ船が舞鶴に入港する1956年(昭和31年)までを歴史学者・宮脇淳子氏が完全解説。

 「なぜ満洲と呼ばれるのか?」といった素朴な疑問から、「旅順虐殺の真相」「関東軍の謀略は本当にあったのか?」「日本と欧米の植民地政策の大きな相違点」など、日本人と中国人の歴史観のギャップによって見えなくなってきた「史実」を解き起こす、まさに「真実の満洲史」である。
 
 
 
  
 
・ 真実の満洲史【1894-1956】
  
 
  
  
ひとこと
 満州は土地だけの荒野であり、現在のような国葬地帯にしたのは日本が植民地開発した影響が大きい。
 
 そもそも、太平天国の乱や阿片戦争など満州族が建国した清朝末期の大混乱で殺戮と飢餓が中国国土を覆い4.1億人が3.5億人まで減少した。
 
 日清戦争で日本に割譲された満州の経営では組織的な社会インフラの整備に伴い穀物生産が増加したことで餓えた漢族が北進して定住した。このため、満州人や朝鮮族が移動生活をしていた場所で漢族の人口が激増してしまった。

 そもそもは中国の領土ではなう満州人等の居住する領土であり、侵略と言われる筋合いのものでもない。
  
  
  
 
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posted by まねきねこ at 11:46 | 愛知 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の一冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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