市場散歩   注目銘柄   One Milestone   証券会社

2014年04月21日

岡田 弥三右衛門 蝦夷地に進出した近江商人

 
 
岡田 八十次
 
 慶長から元和年間(1596年 - 1624年)に蝦夷地へ進出した老舗近江商人のひとり。
 
 屋号は松前で恵比寿屋、近江で松前屋として商売をしていた。
 
 歴代当主が襲名した名称でもある。
 (なお、第6代まで弥三右衛門を当主名として用いた)
 
 
岡田 弥三右衛門
  永禄11年(1568年) - 承応3年(1654年)
 
 江戸時代初期の商人で、蝦夷地に進出した近江商人で岡田八十次家の初代。
 
 
 近江国では、織田信長の天下統一の侵攻で六角氏が衰退、浅井氏が滅亡したの後、多くの家臣等が帰農、又は商人へと転じていった。
 
 岡田家の初代は岡田藤左衛門で元武士の家柄とされる。
 
 岡田弥三右衛門は永禄11年(1568年)の頃、蒲生郡加茂村(現在の滋賀県近江八幡市)に生まれ、安土城下で商売を営んでいた。
 
 本能寺の変で織田信長政権が崩壊した後安土城も落城し火を放たれた街は衰退した。
 
 
 天正14年(1586年)豊臣秀次八幡城築城を契機に八幡城下爲心町に新たに店を設けたものの、豊臣秀吉の命令で秀次が高野山で自害させられその後八幡城の廃城となった。
 
 
 再び商売が悪化して街が衰退すると、慶長年間(1596年 - 1615年)に呉服太物を抱えて奥州に行商を始めた。
 
 現地では八戸を拠点とし、大いに蓄財をなしたという。
 
 

 更に松前藩家臣
   工藤平右衛門
の助力を受けて松前(現北海道松前町)に進出し、蝦夷地に呉服・太物・荒物を販売する支店を大松前に開き、屋号を「恵比須屋」とした。
 
 次第に松前藩(藩主 松前 慶広)の信任を受けて、蝦夷地の千石船を用い海産物を北前船を活用して出羽から北陸・上方へと運んだ。
 
 また、蝦夷地における漁場経営や物資の調達を請け負ったりして御用商人として活躍した。
 
 弥三右衛門は岡田家の蝦夷地での基盤を作り上げ、慶安3年(1651年)に郷里近江八幡で死去したという。
 
 子孫も松前の支店を拠点として蝦夷地における近江商人の中心的存在として活動した。
 両浜町人の代表的商家の一つとなった。
 
 なお、岡田家第10代の時には小樽内・古平・礼文・利尻など23ケ所で場所請負を行っていた。
 

 12代目・13代目が北海道の開発事業に参加して小樽の町の基盤整備を行ったり、北海道で炭礦や農場を経営したり、更には九州地方でも事業展開を見せた。
 
 海外との競争が激しくなり、景気変動の大きな変化に対応が出来ず過ぎた事業も多くあり次第に経営が苦しくなり、明治34年(1901年)に13代で破産を余儀なくされた。


  
 
     ↓ 参考になったらクリックお願いします。
 
   人気ブログランキングへ blogram投票ボタン 

  
 
 
 


  
  
 
 
 
posted by まねきねこ at 05:20 | 愛知 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/395172689
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック