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2014年05月20日

鈴木梅太郎 米糠を脚気の予防に使えることを発見

鈴木 梅太郎
 (1874年4月7日 - 1943年9月20日)
 
 
 戦前の日本の農芸化学者
 
 米糠を脚気の予防に使えることを発見した事で有名になった。
 勲等は勲一等瑞宝章
 帝国学士院会員。文化勲章受章者。
 
 東京帝国大学名誉教授で理化学研究所設立者のひとり。


 静岡県榛原郡堀野新田村で農業を営む
   鈴木庄蔵
の次男として生まれた。

 
 帝国大学農科大学(現東京大学農学部)農芸化学科を卒業、東京帝国大学教授を務めるとともに
   理化学研究所
の設立者として名を連ねた。
 
 東京帝国大学を退官後は東京農業大学農芸化学科教授に就任している。
 

 1887年に東遠義塾が開講したため入塾した。その後、1888年5月15日に単身徒歩にて上京している。

 東京神田の日本英学館に入学後、東京農林学校予備校に入学した。

 1889年に東京農林学校入学した。翌年、東京農林学校は帝国大学農科大学と改称された。

 
 1893年に帝国大学農科大学予科、1896年に帝国大学農科大学農芸化学科を卒業して大学院に入った。
 
 
 1901年にベルリン大学に留学、エミール・フィッシャーのもとで、ペプチド合成の研究に従事した。
 
 
 1906年に帰国し盛岡高等農林学校教授となった。
 1917年に理化学研究所主任研究員となった。

 1910年(明治43年)6月14日、東京化学会で
   白米の食品としての価値並に動物の脚気様疾病に関する研究
を報告した。
 
 この報告では、ニワトリとハトを白米で飼育すると脚気様の症状がでて死ぬこと。
 糠と麦と玄米には脚気を予防して快復させる成分があること。
 白米はいろいろな成分が欠乏していることを認めた。
 
 
 糠の有効成分に強い興味をもった鈴木は、以後その成分の化学抽出をめざして努力した。
 
 同年12月13日の東京化学会で第一報を報告し、翌1911年(明治44年)1月の東京化学会誌に論文「糠中の一有効成分に就て」が掲載された。
 
 糠の有効成分(のちにオリザニンと命名)は、抗脚気因子にとどまらず、ヒトと動物の生存に不可欠な未知の栄養素であることを強調していた。
 
 その後の「ビタミン」の概念をはっきり提示していたが「これは新しい栄養素である」という一行が訳出されなかったため、オリザニンは世界的な注目を受けることがなく、第一発見者としては日本国内で知られるのみとなってしまった。
  
 
 糠の有効成分は、濃縮して樹脂状の塊(粗製オリザニン)を得たものの、結晶にいたらなかった。
 
 
 1911年10月1日にオリザニンを発売したものの、都築甚之助の精糠剤
   アンチベリベリン(
がよく売れたのに対し、なかなか医学界に受け入れられなかった。
 
 8年後の1919年(大正8年)になって始めて
   島薗順次郎
がオリザニンを使った脚気治療報告を行った。


 
 国民の脚気死亡者は、日中戦争の拡大などにより食糧事情が悪化するまで、毎年1万人から2万人で推移した。 
 
 
 ビタミンを初めて抽出したとして世界的に知られるのは
   カジミール・フンク
である。
 ビタミンの名称は彼の命名によるものとされる。

 
 1922年には合成清酒を発明、1924年に「理研酒『利久』」の名称で市販された。
 
 その後の「三倍増醸清酒」開発の基礎ともなった。 

 
 
 
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posted by まねきねこ at 20:28 | 愛知 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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