市場散歩   注目銘柄   One Milestone   証券会社

2017年02月18日

観勒(かんろく) 天文、暦本、陰陽道を伝えた。


観勒(かんろく、生没年不詳)

 7世紀初頭の百済出身の僧侶。602年(推古天皇10年)に渡来し
   天文、暦本、陰陽道
を伝えた。

 朝廷は書生を選出して観勒のもとで学ばせ、陽胡玉陳は暦法、大友高聡は天文遁甲、山背日立は方術を学ばせ得徳したとされる。

 暦本は604年に聖徳太子によって採用され持統朝で用いられた。

 この時期においては仏教だけでなく天文遁甲や方術といった道教的思想もまとまった形でもたらされている。

 三論宗の法匠であり、成実宗にも通じていたとされる。

 624年(推古32年)に、日本で最初の僧正に任命された。

 僧が斧で祖父を殴る事件が起こり、天皇はこの僧だけでなく諸寺の僧尼を処罰しようとしたため観勒は日本に仏教が伝来してまだ百年にならず、僧尼が法を学んでいないことからこのようなことが起こったと上表して、事件の僧以外は罰しないよう求めた。

 天皇はこれを許し、この時に初めて僧正・僧都の制を定めたと言われる。

 観勒を僧正に、鞍作徳積を僧都に任じた。
 この僧正、僧都という名称は中国南北朝に始まった仏教統制機関のうち南朝系の僧綱制を踏襲したもの。
       

         ↓ 参考になったらクリックお願いします。

    人気ブログランキングへ blogram投票ボタン


  


   

    
posted by まねきねこ at 07:32 | 愛知 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック