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2018年02月23日

杉野 喜精(すぎの きせい) 相場師で山一證券の初代社長

 
 
杉野 喜精(すぎの きせい)
 
     明治3年9月6日(1870年9月30日) -
            昭和14年(1939年)5月2日)


 日本の実業家、相場師で山一證券の初代社長や、東京株式取引所理事長を務めた。
  
 
 1870年東京深川で江戸詰めの津軽藩藩士・納戸役の家に生まれるも翌年父が失職している。

 東京商業学校(のちの一橋大学)卒業し、1889年日本銀行入行、1896年には愛知銀行副支配人となった。

 1902年に名古屋銀行取締役支配人として就任も、日露戦争後のバブル景気の崩壊による戦後恐慌の影響でモラトリアムを余儀なくされ、責任をとり1907年辞職し兜町で株の現物店の八幡屋を開設した。

 1910年、八幡屋の経営が思わしくなかったところ
   小池国三
に誘われ小池合資会社入社し七番番頭となる。

 1917年小池が銀行業に専念するため杉野に会社を譲り、杉野は
   山一合資会社
を設立し社長に就任した。
 
 1920年には売買高順位業界1位を達成。
 
 
 大正バブルの崩壊を乗り越え、1926年に山一證券株式会社に改組し、社長就任した。
 
 昭和金融恐慌を乗り越え、1935年後任に常務の
   太田収
を据えて社長を退任したうえ、東京株式取引所理事長に就任している。

 東京板紙株を巡る富士製紙と樺太工業の買収合戦では
   徳田昂平
とともに事態の収拾にあたった。

 肺疾患の療養を行うも、理事長在任中の1939年に死去した。
       

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posted by まねきねこ at 00:00 | 愛知 ☁ | Comment(0) | バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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