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2021年06月20日

不都合な真実は土に埋める思想の韓国と中国


 反日思考が強い左翼政権を率いる韓国の
   文在寅大統領
はG7サミットでは記念写真にも入れてもらえず意気消沈のまま訪問したスペインで、真実をへし曲げて
   ご都合よく解釈する癖
が原因でまたもや勘違いな発言をして大きな恥をかいたという。

 スペインの上院図書館を訪問して見せられた18世紀の
   朝鮮王国全図
に、「鬱陵島」と「于山島」が朝鮮の領土として描かれていたことに小躍りしたうえ、
   「独島(日本領「竹島」の韓国名)
が韓国の領土であることを示す貴重な資料と言える」と宣言してしまったという。

 韓国政府の意のままに動く韓国メディアやネット民も大喜びしたうえ
   「この地図を複製して持ち帰るべきだ」
などと盛り上がったものの、この地図を真実を言う主張では、戦後韓国が軍事侵攻した日本領土の竹島不法占拠を裏付ける結果となったためだ。


 そもそも、19世紀末に李氏朝鮮で作られた「大韓地誌』などでも、于山島は韓国領と記されている。

 これまで韓国は、「于山島は独島のことであり、歴史的に韓国領だった」と同じ主張を繰り返してきた。
 スペイン所蔵の地図でも裏付けられたように、この于山島は日本の竹島とは全く別の島を指していたことが明らかになり、数々の歴史書や古地図から、于山島は竹島のことではなく、鬱陵島のそばにある小島「竹嶼」を指すことが明白になっており、これを文大統領が宣言したためだ。
  

 もともと。大韓地誌では、于山島は鬱陵島に寄り添う小島として描かれており、鬱陵島の北東3キロに現在も存在する「竹嶼」は、鬱蒼とした竹林が広がる周囲わずか1.5キロの小島だ。
 現地には「竹島地区」と表示された看板も立っている。」

 本物の竹島は鬱陵島から南東に90キロ以上離れ、古地図に描かれた于山島とは完全に矛盾する。
 さらに今回、スペインの図書館で文大統領一行が確認した地図では、于山島はなんと鬱陵島の南西側(朝鮮半島に近い側)に描かれていた。
 これを竹島を指すというのは地理の知識もない愚かな主張だ。

 そもそも、韓国の古地図でも于山島が鬱陵島の西側に描かれており、この間違いは古くからあったようだ。


 当の韓国側の文献を調べれば、文氏や韓国政府の嘘がますます明白になる。

 日本では古くは鬱陵島を「竹島」と呼んでおり、現在の竹島は「松島」と呼んでいた。
 韓国は上記の記述を「于山は独島のことだ」とする根拠にしているが、日本が松島(現在の竹島)だけでなく、鬱陵島、于山島までを支配していたことを指した多くの文献からも史実と一致しており、その後、明治政府が竹島を正式に領土とする際に、鬱陵島、于山島の領有を放棄しただけっであり、そのかわりに「松島」を領有し、その際に名称を「竹島」に変えたのが歴史上の事実だ。

 また、江戸時代には朝鮮の要請によって徳川幕府が鬱陵島に進出していた日本の漁民に渡航禁止を命じた記録もある。
 日本人はその頃までは竹島(当時は松島)はもちろん、鬱陵島や于山島まで進出して実効支配していた。

 江戸・明治期において、鬱陵島と于山島を韓国に譲り、竹島を領有したのが真実である。
 しかし、明治時代に日本が正式に領土とした竹島は、戦後のどさくさに紛れて韓国の
   李承晩大統領
が軍事侵攻し不法占拠した。

 米国も公式文書で日本の領土であることを通告していたが、韓国は今日に至るまで占拠を続けているのが現実であり、早急に日本領土の竹島を返還して、不法占領時代の賠償金を支払って貰う必要がある。

 そもそも、韓国南部にある前方後円墳が日本が朝鮮半島に所有していた領土があった史実を示しており、返してもらうのであれば中国が最大の領土を保有した時代が歴史的に見て中国領土という主張をするのであれば、朝鮮半島の南部は日本の領土ということになる。

 不都合な真実になりかねない前方後円墳を発掘途中に理由もなく埋めてしまった胡散臭い行動をする歴史学者の思考を見れば歴史を捏造し続けてきた韓国の不都合な真実に蓋をする姿勢が背景にあることは明らかだろう。


posted by まねきねこ at 20:43 | 愛知 ☁ | Comment(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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