ロータス (Lotus)
ソフトウェアの会社またはブランド名で1982年に米国で
ロータスデベロップメント
(Lotus Development Corporation)
として設立され、表計算ソフトウェアのLotus 1-2-3やグループウェアのLotus Notesで有名になった。
1995年のIBMによる買収でIBMソフトウェアブランドの1つとなったが、2018年にNotesはHCL Technologiesに売却された。
ロータスデベロップメント社は、IBM PC 用の表計算ソフトウェアである Lotus 1-2-3 が大ヒットし、IBM PC のキラーアプリケーションとして初期の勢力拡大に寄与した事で有名となった。
その後はオフィススイートのLotus SmartSuite(日本ではロータス・スーパーオフィス)により、マイクロソフトと激しい競争を展開した。
1989年以降は強力なグループウェアシステムのLotus Notesが有名となり、Notes の市場での強さが元となり、1995年にIBMが35億ドルで買収し、IBMのソフトウェア事業部の「Lotus Software」ブランドとなった。
日本では、日本法人であるロータス株式会社は日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)の完全子会社となる形で、両社の並存がしばらく続いた。
2002年7月1日には日本IBMがロータス株式会社から営業を譲り受ける形で日本IBM本体に統合した。
法人としてのロータス株式会社は2007年9月28日消滅した。
IBMによる買収・統合後も、Lotus Notes/Domino はグループウェア市場で大きなシェアを維持した。
2008年5月にはLotus Symphonyがリリースされた。
ロータスは1982年
ミッチ・ケイパー
ジョナサン・ザックス
によって共同創設された。
ロータスの最初の製品は Apple II 向けのプレゼンテーションソフト Lotus Executive Briefing System である。
ミッチはVisiCalcの開発元として知られる
VisiCorp
で開発部門のリーダーを務めた後、彼の製品(VisiPlot、VisiTrend)の権利をVisiCorp社に売ってロータスを設立した。
創設後すぐに彼らは表計算とグラフ作成を統合したプログラムを作り出した。
IBMとVisiCorpは、PCにVisiCalcを添付して出荷するなどの協力関係にあった。
ただ、ロータスの製品はそれよりも優れており、Lotus 1-2-3は1983年にリリースされた。
その名称は、表計算、グラフ作成、データベース管理の三種類の仕事ができるものである。
実際には表計算以外の機能の使用頻度は低かったが、ユーザーはそれらには頓着せず強力な表計算ソフトとして 1-2-3 を使用した。
売り上げは莫大で、ロータスは独立系ソフトウェアベンダーで世界第1位に登りつめた。
1982年、ジム・マンジは経営コンサルタントとしてロータスに来て、4ヶ月後に従業員となった。
1984年10月、彼は社長となり、1986年4月にはCEOとなっている。
前CEOであるミッチ・ケイパーはロータス社での活動をやめた。
同年7月、マンジは会長となり1990年代までロータスの経営に関わった。
パーソナルコンピュータの人気が高まると、ロータスは、オフィススイート市場を急速に支配するようになった。
ロータスはレイ・オジーのSymphony製品(1984年)やMacintosh向けの Lotus Jazz(1985年)といったオフィス製品を登場させた。
しかし、Jazzは市場には受け入れられなかった。
ロータスは製品強化のために数々のソフトウェア企業を買収して、Freelance Graphics、Ami Pro、Approach、Organizer などの製品を生み出した。
1980年代終盤、ロータスはファイル管理と索引ユーティリティ Lotus Magellan を開発した。
同時期にワープロソフト Manuscript、個人情報管理ソフト Agenda、そしてNeXT向けの革新的ソフト Improv もリリースした。
1990年代に入ると、いくつかの製品(1-2-3、Freelance、Ami Pro、Approach、Organizer)を同梱して Lotus SmartOffice(日本ではロータス・スーパーオフィス)として販売した。
当初スーパーオフィスは Microsoft Office よりも人気があったが、Microsoft Windows 95 で動作する32ビット・アプリケーションへの移行に伴ってロータスはシェアを失っていった。(ロータスは製品の32ビット対応が遅れ、新たなWindowsへの転換に失敗した)
創業者ミッチ・ケイパーの人柄から、ロータスはいつも進歩的な会社と評判だった。
ロータスの最初の従業員 Janet Axelrod は人事部門を作っただけではなく、ロータスの文化を形成することにも寄与した。
1986年、ロータスはAIDSウォークをサポートした最初の大企業であった。
1990年、ロータスは従業員の子供のためのデイケアセンターを開設した。


