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2025年03月17日

エドワード・ジョンソン3世(Edward Johnson III)米国の投資家

エドワード・ジョンソン3世(Edward Johnson III、ネッド・ジョンソン)
   1930年6月29日- 2022年3月23日
 アメリカ合衆国の投資家。エドワード・ジョンソン2世の息子である。
 フィデリティ・インベストメンツを実の娘
   アビゲイル・ジョンソン
と経営した。
 ボストン郊外のミルトン出身で、ハーバード大学卒業し、
   ステート・ストリート信託銀行
でキャリアを積んだ。
 1957年に父親のフィデリティへ移り、1972年に会長となった。
 1961年、父親からフィデリティ・トレンド・ファンドを任された。
 なお、3年ほどかけて運用成績で
   ジェリー・ツァイ
を超えた。
 この成長株ファンドは1996年から娘のアビーが運用責任者である。
 ネッド会長は1974年夏までマネー・マーケット・ファンド開発を指揮した。
 このとき社内で活躍した人物が二人おり、一人目は
   ジョシュア・バーマン(Joshua Mordecai Berman 1938生まれ)
である。
 1958年にニューヨーク市立大学シティカレッジを、1961年ハーバード・ロースクールをそれぞれ卒業した。
 Goodwin, Procter & Hoar 法律事務所へ就職し1969年からパートナーへ昇格して1980年まで務めた。
 1970年から3年ほどTyco International の会長・社長を務めた。
 1971年からフィデリティの顧問であった。
 二人目がパトリシア・オストランダー(Patricia Ostrander)で、パデュー大学を卒業後、1959年にラドクリフ・カレッジとハーバード・ビジネス・スクールの合同課程Harvard-Radcliffe Program in Business Administration を履修した。
 ABNアムロ系列のLaSalle National Bank へ入行、1969年にフィデリティへ入社した。
 債券に強い人材であったので、ドレクセル・バーナム・ランベールのマイケル・ミルケンと密接な関係ができた。
 同じころ、一人の職人がフィデリティの通信網を世界展開した。
 マサチューセッツ工科大学の
   サミュエル・ボドマン教授
である。
 1983年にフィデリティの最高執行責任者となった。
 4年後にフィデリティを去り、
   カボット・コーポレーション
へ移った。
 その後、デュポン役員を経て2005年から4年間アメリカ合衆国エネルギー長官を務めた。
 ネッド会長は1978年に優秀なスポークスマン
   リチャード・バーテルセン(Richard Bertelsen)
を得た。
 バーテルセンはハーバード大学を卒業後、老舗の出版社Little, Brown & Company で働いていた。享年42歳。

   
posted by まねきねこ at 10:12 | 愛知 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | バイオグラフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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