サルヴァトーレ・ロ・ルッソ(Salvatore Lo Russo)
1953年2月18日
イラリアの犯罪組織カモッラの元構成員
公式には無職となっているが、ロ・ルッソは、現在は解散したカモッラの一族である
のボスであった。
ロ・ルッソ一族はナポリ市内を領土とし、特にミアーノを拠点として活動していた。
30年以上にわたり、ロ・ルッソ一族はナポリ北部の多くの地域に影響力を広げ、フランスとスイスにも支部を有していた。
2007年8月30日、ミアーノの自宅でカラビニエリに逮捕された。
それ以前の2006年5月16日の捜索で逮捕されていたが、証拠不十分のため数日後に釈放されている。
ロ・ルッソ逮捕と同日、側近の一人である
ラファエレ・ペルフェット(Raffaele Perfetto)
もカポディモンテの自宅で逮捕された。
ロ・ルッソは後にカラビニエリに拘留され、ナポリ北部郊外のスカンピア地区でで麻薬と売春組織の支配権を確立しようとしたいわゆる「分離派」(Scissionisti di Secondigliano)との間で2004年から2005年にかけて勃発したカモッラ・ギャング間の抗争
スカンピア抗争(Scampia feud)
においてライバルの
カモリスティ(Camorristi)を殺害した共謀の罪
で起訴された。
2010年以降、サルヴァトーレ・ロ・ルッソはオメルタを破りペンティートとなり、自身の一族を解体する捜査に協力した。
サルヴァトーレの息子
アントニオ・ロ・ルッソ
も、一族の全盛期には有力な一員であった。
ロ・ルッソの供述によると、彼はあらゆる手段を講じて息子をカモッラの世界に巻き込ませないようにした。
それが息子にナポリ以外の場所で
合法的な会社や事業
を始めるよう促していた。
ただ、アントニオは父の意向に反発し、結局は一族の儲かる犯罪事業に加わった。
しかし、サルヴァトーレの供述によると、彼は息子を一族の信頼できる人物に託したうえ、事業にあまり関与させずにいた。
また、息子には実権を握っているという感覚を与えていたと明かしている。
最終的に、アントニオ・ロ・ルッソはフランスのニースの酒場で逮捕され、父の跡を継いで政府の捜査機関の協力者となった。
かつて強大な勢力を誇ったロ・ルッソ一族は、かつて人々の生活を支配していた地域の住民にとって、もはや過去の遺物としか見なされた。
一族の崩壊後、かつてのロ・ルッソ一族の傘下組織は、メディアでは「ロ・ルッソ後継者」として知られる新たな独立グループを結成した。
かつてロ・ルッソ組織が支配していた地域を支配しようとした。
2020年2月、イタリア警察はこれらの新グループに所属していた32名を逮捕した。


