シュローダー家(Schröder family)はハンブルクの
ハンザ同盟
に属する一家であり、1918年から1919年の憲法改正以前、ハンブルク市共和国の支配階級である
パトリキアン(Patrician)
とも呼ばれる大市民(grand burghers)に属していた。
シュローダー家は伝統的にプロテスタントの一派であるルター派に所属していた。
◯著名な家系
・クリスティアン・マティアス・シュローダー(Christian Matthias Schröder 1742年〜1821年)はクヴァケンブリュック出身でハンブルクの商人となり、世襲の大市民の地位を獲得した。
・クリスティアン・マティアス・シュローダー(Christian Matthias Schröder 1742年〜1821年)はクヴァケンブリュック出身でハンブルクの商人となり、世襲の大市民の地位を獲得した。
彼は有名な商社
クライスト・マティアス・シュローダー社
(Christ. Matthias Schröder & Co.)
を設立し、ブレーメン、アムステルダム、ロンドン、サンクトペテルブルク、リガに支店を構えた。
彼は1799年に上院議員に選出され、1816年から1821年に亡くなるまでハンブルク市長(国家元首および行政の長)を務めた。
ハンブルクの名家出身の
ルイーズ・ムッツェンベッヒャー
(Luise Mutzenbecher 1754–1813)
と結婚した。
二人の間には、
クリスティアン・マティアス・シュローダー
(Christian Mathias Schröder 1778–1860)
がおり、シュローダーはシュローダーの後を継いでハンブルクの上院議員(1821–1859)となった。
また、
ヨハン・ハインリヒ・シュローダー(Johann Heinrich Schröder)
はロンドンに定住し、投資銀行
を設立した。
1868年、ヨハン・ハインリヒ・シュローダーは
プロイセン貴族
に叙せられ、男爵(フライヘル)の称号を授かった。
クリスティアン・マティアス・シュローダー(Christian Matthias Schröder)は、ハンブルク市長
カール・アウグスト・シュローダー(Carl August Schröder)
の祖父である。
なお、マティアス・シュローダー社(Matthias Schröder & Co.)は1858年に倒産した。
ブルーノ・シュローダー(Bruno Schroder)はシュローダー社の社外取締役であり、同社の指名委員会の委員でもあった。


