フィリップ・ロンバード(Philip Lombardo)
1908年10月6日 - 1987年4月29日
「ベニー・スクイントBenny Squint)」や「コッキード・フィル(Cockeyed Phil)」としても知られる。
アメリカのギャングで、1960年代後半から1980年代初頭にかけてジェノヴェーゼ一家のボスを務めた。
1969年にヴィト・ジェノヴェーゼの後を継いだ。
1981年にはヴィンセント・ジガンテが後を継いでいる。
ロンバードは、ニューヨークのイーストハーレム地区にある
マイケル・「トリガー・マイク」・コッポラ(Michael "Trigger Mike" Coppola)
が率いる強力な
116番街クルー
の隊員としてキャリアをスタートさせた。
1940年代、麻薬密売で短期間服役した。
なお、これが唯一の服役であった。
分厚い眼鏡をかけていたことから、「ベニー・スクイント」というあだ名で呼ばれていた。
1959年、一家のボス
が刑務所に収監された。
ただ、ジェノヴェーゼは刑務所からファミリーを統制するために、複数の代理ボスを起用した。
彼の代理ボス、いわゆる「支配委員会」は、
ミケーレ・ミランダ首領
ジェラルド「ジェリー」・カテナ副ボス
そしてトーマス「トミー・ライアン」・エボリの3人だった。
なお、この3人組は当局にも知られていたが、1962年、元ギャングから政府証人となった
は、米国上院小委員会で、ロンバルドもこの委員会の一員であったと証言した。
同年、アンソニー・ストロロは失踪し、殺害されたと推定された。
ストロロの表向きのボス、つまり代理ボスとしての役割は
に委ねられた。
エボリ自身は後に1972年に銃撃を受け暗殺された。
委員会委員長の
がエボリ殺害を画策したのは、自らの候補である
をジェノヴェーゼのボスに据えるためだったという説もあった。
ただ、FBIの情報提供者
ヴィンセント・カファロ
1981年、ティエリが亡くなると、ロンバルドは健康上の理由でボスの座を辞任し
を後継者に指名した。
同時に、ジガンテが新ボスに就任したことを隠蔽するため、
アンソニー・「ファット・トニー」・サレルノ
を新たな表のボスに据えた。
そのため、この方法だと、FBIは真のボスが誰なのか分からず、誤った人物を追い続けることになった。
実際、1986年のマフィア委員会裁判でサレルノは懲役100年の判決を受けた。
ロンバルドはニュージャージー州イングルウッドに住んでいたものの、残りの冬はフロリダ州ハリウッドで過ごした。
彼は、ジガンテが新ボスとなり、サレルノが表のボスとして残ることを明確にしていた。
彼は1987年4月29日に亡くなったとき78歳でフロリダに住んでいた。


