市場散歩   注目銘柄   One Milestone   証券会社

2025年07月31日

大里忠一郎 日本の実業家で六工社の共同設立者

大里 忠一郎(おおさと ちゅういちろう)
   天保6年8月21日〈1835年10月12日〉- 明治31年〈1898年〉6月7日)
 日本の実業家。
 信濃国埴科郡西条村(現長野市)の旧家・相沢家に生まれ、松代藩士の
   大里忠右衛門
の養子となった。
 家老の真田桜山に抜擢され、
   戊辰戦争
にも従軍し、大垣で
   岩倉具定
に対して松代藩の恭順を申し出、土佐藩出身で東山道鎮撫軍の監軍となっていた
   岩村高俊
を上田に迎えた。
 戊辰戦後に第10代藩主の
   真田幸民
より賞典禄26石を賜った。
 松代藩産物会所に関係し、明治維新後は
   松代商法社
の役人となった。
 また廃藩置県に伴う士族授産として製糸業に着目した。
 明治5年(1872年)に開業したばかりの
   官営富岡製糸場
を視察した末、明治7年(1874年)に西条村六工地籍に国内初の民間蒸気製糸工場
   六工社
を有志ら7名と共に設立した。
 富岡製糸場に女工を派遣して技術を伝習させた。
 それまでの座操製糸を転換し、民間初の蒸気器械を導入した。
 自ら銅製の製糸用汽缶や蒸気器械を製作、設備改善を進めて製糸技術の発展に努めた。
 明治11年(1878年)には長野県御用掛となり、長野県営製糸場も経営した。
 また共進会や博覧会の審査員も務めた。
 明治13年(1880年)西条村戸長の傍ら、生糸直輸出商社同伸会社の設立に参加し、輸出にも貢献した。
 明治22年(1889年)には農商務省の嘱託によりイタリア、フランス両国を巡視し、大日本農会委員に任じられた。
 明治24年(1891年)藍綬褒章を受章した。
 明治31年(1898年)に没し、1924年(大正13年)に従五位を遺贈された。

   
posted by まねきねこ at 20:33 | 愛知 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | よもやまばなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック