アレクセイ・アナトリエヴィチ・ナワリヌイ(Aleksei Anatolyevich Navalny)
1976年6月4日 - 2024年2月16日
ロシアの反体制派指導者、反汚職活動家、政治犯であった。
2011年に
反汚職財団(FBK)
を設立した。
アムネスティ・インターナショナルから
良心の囚人
として認定され、人権擁護活動でサハロフ賞を受賞した。
ナワリヌイと彼のチームは、ソーシャルメディアを通じてロシアの汚職に関する情報を発信し、政治デモの組織、キャンペーンの推進を行った。
2011年のインタビューで、ロシアの与党である
統一ロシア
を「詐欺師と泥棒の党」と表現し、これが広く知られるようになった。
ナワリヌイとFBKは、ロシアの高官とその関係者による汚職疑惑を詳述した調査報告書を公表している。
ナワリヌイ氏は2013年と2014年に
横領罪
で執行猶予付きの判決を2度受けた。
これらの刑事事件はプーチン大統領らが利権頬後や権力維持を目論見など政治的な動機によるもので、将来の選挙への立候補を阻止するためのものだったと広く見なされている。
彼は2013年のモスクワ市長選に出馬し、得票率27.2%で2位となったものの、強力な競争相手の出現を阻止するプーチンらによる妨害工作で2018年の大統領選への出馬は認められなかった。
2020年8月、ナワリヌイ氏はノビチョク系神経剤による
重度の毒殺未遂事件
で入院した。
彼はベルリンに医療搬送され、1か月後に退院した。
彼はプーチン大統領が毒殺未遂事件の責任者だと非難た。
捜査の結果、プーチンが長官を務めたこともある
連邦保安庁(FSB)
の職員が関与していたことが明らかになった。
2021年1月、ナワリヌイ氏はロシアに帰国したが、ドイツでの入院中に仮釈放条件に違反したとして直ちに拘束された。
彼の逮捕後、ロシア全土で大規模な抗議デモが行われた。
翌月、ナワリヌイの執行猶予付き判決は2年半以上の懲役刑に差し替えられ、彼の組織は選挙活動の力を削ぐため、後に
過激派組織
に指定され、強制的に解体された。
2022年3月、ナワリヌイは
横領と法廷侮辱の罪
で有罪判決を受けた。
アムネスティ・インターナショナルが「茶番劇」と評した再審でさらに9年の懲役刑を言い渡された。
控訴が棄却された後、ナワリヌイは6月に厳重警備刑務所に移送された。
2023年8月、彼は過激主義の罪でさらに19年の懲役刑を言い渡された。
2023年12月、ナワリヌイは刑務所から約3週間行方不明になった。彼はヤマロ・ネネツ自治管区の北極圏にある矯正施設で再び姿を現した。
2024年、ロシア刑務所当局はナワリヌイの死亡を発表した。


