米中東部ケンタッキー州の共和党下院予備選が5月中旬に投開票を迎える。
米国内では
トランプ大統領がイスラエルのネタニアフ首相の軍事作戦を支持して一方的に始めた
イラン戦争
などを巡って米国民のイラン戦争への関与を批判する割合が9割近くまで上昇い、それに伴い経済政策や不法移民対策の成果を高く評価し、全米での支持率低迷や公約破りの指摘があっても揺るがない強固な忠誠心を維持してきた中西部の白人貧困層の割合が目立つ
岩盤支持層(MAGA)
の分裂が顕著となっており、トランプ支持が大きく低下した。
亀裂が生じた同党内におけるトランプ米大統領の影響力を測る試金石として、ケンタッキー州の共和党下院予備選が全米の注目を集めている。
トランプ氏を批判する現職の
トーマス・マッシー下院議員
と、トランプ氏が推す候補が対決するためだ。
この結果は今後の米政治の行方に影響を与える可能性が高い。
マッシー氏はブルームバーグ・ビジネスウィーク誌の取材に応じ、「MAGA(米国を再び偉大に)」と呼ばれるトランプ氏の熱狂的な支持基盤の現状を「私がMAGAの半分を握り、もう半分は大統領が握っていると思う」と語った。
筋金入りのリバタリアン(自由至上主義者)として知られるマッシー氏(55)は、トランプ氏を公然と批判する数少ない共和党議員の一人でもある。
政府支出やイランとの戦争に加え、未成年者を売春に勧誘した罪などで有罪判決を受けた後に死亡した米富豪
ジェフリー・エプスタイン氏
を巡る捜査資料の公開を抑えようとしていたトランプ大統領の対応にも異議を唱えてきた。
マッシー氏が8期目の再選を目指すケンタッキー州第4選挙区は、2024年の大統領選でトランプ氏が3分の2の票を得た共和党の牙城でもある。
トランプ氏支持が強い選挙区で同氏に批判的な立場から再選を狙うマッシー氏には、無謀ではないかとの見方もあるものの、マッシー氏は自らの姿勢について「トランプ氏に対抗して出馬しているわけではない」と説明した。
目指しているのは、「外国援助なし、対外関与なし、戦争なし、そしてエプスタイン文書の公開といった、MAGAが掲げていた政策を推し進めることだ」と続けた。
時折見せるトランプ氏への造反は、元来同氏が掲げたMAGA路線への忠実さの表れだという。
トランプ氏とマッシー氏の関係は複雑で2016年の大統領選で共和党のエリートから軽視される政治的アウトサイダーとしてトランプ氏が名乗りを上げた際、マッシー氏はいち早く支持を表明した。経緯がある。
ただ、2024年の大統領予備選では国外での戦争の回避や減税、歳出削減といった自身の政策目標を実現するうえで、トランプ氏が最適な候補ではなくなったと判断したためフロリダ州知事
ロン・デサンティス氏
を支持していた。
また昨年、
政府閉鎖回避
に向けてトランプ氏が支援した
歳出法案
に対し、共和党でただ一人反対票を投じた。
さらに今年3月、エプスタイン文書を巡りトランプ氏の強い反対を押し切って議会採決を実現し、最終的に司法省に同文書の大半と同氏に関する数千件の言及の公開を迫った。
こうした一連の行動に対し、トランプ氏はプロレスさながらの
報復キャンペーン
を展開している。
ソーシャルメディア上でマッシー氏を「ひどい」「独善的」「下劣」「近年で最悪の『共和党』下院議員」と非難を繰り返してる。
30年連れ添った妻ロンダを亡くした後に再婚すると、「もう再婚したのか、ずいぶん早いな」と冗談交じりに言及し、「新しい妻が負け犬と結婚したことにすぐ気づくだろう」と書き込んだ。
マッシー氏は、熱狂的な支持層を持つ数少ない共和党議員の一人として知られ、「彼は選挙区全体で好かれており、長年にわたって各種イベントにも顔を出してきた」と、地元の弁護士で共和党員のクリス・ウィースト氏はメディアの取材では述べている。
一方で、トランプ氏の人気も高い同選挙区では、有権者は複雑な心境に置かれており、「共和党所属の州議会議員TJ・ロバーツ氏まるで両親が離婚するような感覚だ」とメディアの取材では話していた。
トランプ氏はマッシー氏の
政治生命を断つこと
に執念を燃やしているようで、トランプ氏の元選対幹部の一人が、マッシー氏打倒を目的とした300万ドル(約4億7800万円)規模の特別政治活動委員会(スーパーPAC)を運営しているという。
3月には自ら第4選挙区を訪れ、対抗馬で元海軍特殊部隊員の
エド・ガルレイン氏
を応援した。
ケンタッキー州の共和党予備選は、5月19日に投開票を迎える。
現時点で、質の高い世論調査は限られている。
調査会社カンタス・インサイツが4月初旬に実施した調査では、マッシー氏が46.8%でガルレイン氏(37.7%)をリードした。
一方、有権者の14%がまだどの候補に投票するか「決めていない」と回答した。
マッシー氏の予備選が注目されるのは、共和党の牙城で選挙を戦う
保守派議員
が、自らの信念を貫き、トランプ氏に逆らい、攻撃を受けながらも勝ち残ることができるのかという問いに答えを示すためだ。
トランプ氏の
個人的な権力の強さ
を測る指標でもある。
この10年、同氏は起訴や弾劾を乗り越えながら共和党を支配してきたが、それらはいずれも党外からの攻撃や批判だった。
一方で、マッシー氏は、トランプ氏が自らの
支持者への約束
を破り、その結果の負担を支持者に背負わせていると指摘している。
トランプ関税等により米国内の物価は上昇し、エプスタイン文書は依然として黒塗りのままであり、大統領はイランとの新たな戦争に踏み切った。
その戦争は多大なコストを伴い、収束に向かっているのかどうかも定かではない。
有権者がマッシー氏の主張に同意して勝利すると、トランプ氏の党支配がついに弱まりつつあるとのシグナルを共和党内に送ることになる。
当然のことながら、他の議員もマッシー氏に続いて声を上げやすくなり、任期を2年以上残す中で、トランプ氏が
レームダック化
する可能性すらある。
こうした一方で、マッシー氏がトランプ氏を批判したほぼすべての共和党政治家と同様の運命をたどり、政界から排除され職を失う公算もある。
いずれにせよ、この選挙戦は現在の共和党政治の実態と、米国がどこへ向かうのかを大きく示すことになる。
政治家になる前、マッシー氏はエンジニアであり発明家だった職歴がある。
テスラ車を運転し、ケンタッキー州東部のアパラチア山麓の農場で暮らす。
自ら建てた太陽光発電の住宅で自給自足の生活を送っており、その生活様式は、いわゆる環境保護志向とは異なり、強固なリバタリアニズムを体現したものでもある。
かつてドキュメンタリー映画の制作者に対し、送電網から自宅へ電線を引き込むことで電力会社、ひいては政府に生活を左右されるのを避けるため、太陽光発電を選んだと説明している。
マッシー氏は幼い頃から物作りに没頭するタイプだった。
高校時代の恋人で後に妻となるロンダ氏とともにマサチューセッツ工科大学(MIT)に2人とも合格した。
MITでは電気工学と機械工学を学び、頭角を現した。
太陽光発電車の開発に携わり、大学発明家に贈られる権威ある「レメルソンMIT学生賞」を受賞した。
学生寮に住みながら、ロンダ氏とベンチャーキャピタルの支援を受けて起業し、従業員70人規模の企業に育てた。
その後、故郷のケンタッキー州に戻り、子どもたちを農場で育てたいと考え、日当たりの良い丘の上に家を建てた。
牧草飼育の牛50頭を購入し、農業を営む新たな生活を始めた。同州の自由放任主義的な政府のあり方も魅力だった。
マッシー氏は、政府の権限のあり方に関与することにやりがいを見いだし、2010年に郡の行政長官選に立候補した。
野犬の捕獲やごみ収集といった地域の行政業務を統括する職で、選挙には勝利した。
当時、全米で反政府的なポピュリズムが高まり、とりわけケンタッキー州で勢いを増していた。
マッシー氏は保守派の草の根運動「ティーパーティー」に加わった。
2012年には、空席となっていた第4選挙区の下院選に挑戦した。
当選の見込みは低いとみられていたが、共和党予備選を大差で制し周囲を驚かせた。
ワシントンでは、マッシー氏はティーパーティーの強硬派と行動を共にした。
政府支出削減への姿勢が不十分だとみなした共和党の
ジョン・ベイナー下院議長(当時)
を執拗に批判し、最終的に退任に追い込んだ。
マッシー氏は、香港の民主主義を支持する法案やウイグル人の強制労働を非難する決議、反ユダヤ主義を批判する法案、イスラエルの存続権を認める決議など、広く支持され一見すると論争の余地がない法案に対しても、共和党で唯一、時には議会全体で唯一反対票を投じることで知られるようになった。
ただ、マッシー氏の投票基準は極めて明確だ。
対外関与や連邦政府の権限・支出の拡大に反対し、見せかけにすぎないと感じる政策にも異議を唱えた。
また、政治的エスタブリッシュメントに対しては本能的に反発しており、地元ではこうした信念に基づく投票姿勢が支持を集めている。
マッシー氏がケンタッキー州第4選挙区の下院議員としてさらに2年の任期を得るかどうかは、まもなく決まる。自身の見通しには期待を寄せつつも、近く新たな職を探す必要に迫られる可能性も十分認識している。
「率直に言って、ケンタッキー州第4選挙区で大統領の機嫌を損ねるのは得策ではない。ここでは共和党支持者の75%が依然として大統領を支持しており、その人たちが私の行方を左右する重要な選挙で投票する」と語った。
それでもマッシー氏は自身の政治生命についても考え抜いたうえで、そのリスクは十分に取る価値があると判断している。
「もし負けたら、農場に戻ってまた発明に取り組むだけだ」と述べた。